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死ぬときに後悔しない生き方 [人生経験]

人が死ぬ前に後悔することリストみたいなのが世の中には存在します。

こう言った類の本、ブログなどによって確認できます。

そのことに対して
先日、車を運転していた時に
ふっと反論、異論が思いついたので
書いていこうかと思います。



この意見は、
実際に、死ぬ前に後悔した方々へ向けたものでは決して無く
自分自身が
死ぬ前に後悔しないような人間になりたいと思って
自戒を込めて書かせて頂きます。

死ぬ前に後悔する人は
どんな人生を送っても
結局、
後悔するようなマインドなのではないかと思ったのです。

ちょっと厳しい気もしますが…

無いものねだりの精神が
元になっていると思いました。



1、仕事ばかりしなければよかった

これに対しては、
仕事が出来ない人や、仕事が無くて悩んでいる人
40歳、50歳でも転職を繰り返す人
解雇されてしまい、
「もっと一生懸命に、真面目に、従順に働けば良かった」
と後悔している人からしたら
随分と羨ましい話しな訳です。

しかも一概には言えませんが、
仕事ばかりしたということは
それなりに出世したか
それなりに収入を得ていたと思われます。
そうなると
自己肯定感は増すでしょうし
充実感もあったと思います。

逆に、このような後悔をする性質の方の場合、
仕事に打ち込めなかった人生を送ったとしたら
「もっと仕事に打ち込んでいれば良かった」
という後悔をされるのかなと思ってしまいます。

なので
有ること、有ったことに対して感謝出来ていれば
「仕事に、存分に集中できる環境があって幸せだった」
と思えば後悔は無かったのかなと思います。



2、一瞬一瞬に集中して生きれば良かった

これは「1、仕事ばかりしなければよかった」のある種、逆の後悔

ある意味
余裕のある生き方だったとも取れる
だらだらしながらでも生きれるくらい
ゆとりがある生活が送れた
のんびりとマイペースに生きれた
という解釈が出来る

忙しすぎれば暇を求め
暇すぎれば忙しさを求める

まさに、
無いものねだり



3、喧嘩別れしなければ良かった

これは
ツッコミしにくいですが
敢えて
反論するならば
そもそも喧嘩相手がいた
自分の意見を貫けたという解釈

ただ
やはりこの後悔は
叩きどころが少ない気がしますね
喧嘩相手が誰なのか不明ですが
亡くなる直前に後悔するくらいですから
ある程度大切な人だと思います。

せっかく知り合えた友人
せっかく巡り会えた家族

やはり
特に短な人間関係は
大切にするに越したことはないでしょう
(もちろん例外はあるでしょうが…)

あとは
喧嘩自体は仕方がないんだとしたら
そのリカバリーを早めにするべきでしょうね。

ただ
もっと深く
というか
意地悪なツッコミをするのなら

喧嘩をすることは
自己責任
喧嘩別れすること(リカバリーしないまま放置)も
自己責任

つまり
死ぬ前にこのように後悔をするような人が
喧嘩別れをする傾向があると言えるような気もする

もちろん
想像の域は出ない意見ですが

死ぬ前に何も後悔しないような方って
誰とも喧嘩別れしなそうじゃ無いですかね…!?



ただ、
こうやって書いていて
思ったことは
人生って
言うほど
単純じゃ無い
思いもよらないことも起こる
特に長く生きれば生きるほどに
過ちもある
後悔もする
喜びも
苦しみも
感じる
それが人生そのもの



更には、
「後悔」自体が
あるひと時の
感情

喜怒哀楽に通ずるものがあると言う
捉え方もできるのでは無いでしょうか。

だから
死ぬ前に後悔が出来る人生も
また素晴らしい

そのように思えてきました。



私自身の人生の最後に
何に後悔するのか
また
後悔がない人生が送れるのか

いずれにしても
それは
その時にならなければ分かる事ではないでしょうから

それまで
出来ることをして
人生を歩んでいこうと
改めて
思わせて頂きました。

ありがとうございます。



何も後悔することがなければ 人生はとても空虚なものになるだろう

フィンセント・ファン・ゴッホ



全力で走った時にかく汗とは実に気持ちの良いものだ だから人生で大汗をかいて欲しい そうすれば結果はどうあれ決して後悔はしない

アイルトン・セナ



P.S.
人によって後悔に対する
考え方、姿勢が
まるで違う



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【悩み解消】他人と比べて苦しくなる方へ [人生経験]

このメッセージは、
自戒を込めて
書いています。

Youtubeや本などで得た情報、
専門家/学者、宗教家、哲学者などの
言葉を

自分なりに
噛み砕いて、咀嚼して
実際に、
心が軽くなったり
余計な考えが
スーッと消えた時の
考え方です。


SNSとか見てると

自分の
容姿への不満、、
境遇の悪さ、
才能のなさ、
運のなさ、
金のなさ
など

自分の無いこと、悪いことを
意識して
落ち込むこと
ありますよね!?

私は、しょっちゅう有りますっ!

そんな時、専門家のアドバイスを
色々と聞いて、考え方を変えてみました。

こんな風に↓

×無いことに意識を向ける…マイナス感情になる、落ち込む
○有ることに意識を向ける…プラス感情になる、嬉しくなる

ありきたりの言葉ですが、
効果は抜群です!


よくよく考えたら
自分も
いっぱい良いもの
持ってるって
気がつきました♪

●毎日、ご飯が食べれること
当たり前じゃ無い。
●家、車、仕事がある
●趣味、友達、やりたい事、なりたい自分だってある。
●その他、諸々。
これ全て、当たり前じゃ無い。
とっても
有難いことなんですよね。

自分が持っている物事に意識を向けると
最初は、
「これは普通でしょ」
「当たり前のことでしょ。こんなことくらい…」
って最初は思ったりしましたけど、

角度を変えて考えたり
俯瞰して考えると

気が付いたんです!!

自分は
とても恵まれているって。

そして、
幸せの気持ちになれました。
温かい空気に包まれました。(一瞬)

幸福感を持続させるには、
もう少し修行が必要だとは感じています(-.-;)

ただ、
確実に心は軽くなり、
晴れやかな気持ちになれました。


こうして生きていることって
とても有難いことなんだって。

友達が亡くなったあの日、
「これから起こる全ての出来事は、全てラッキーなこと。
例え、どんなに辛い出来事でも、死んだアイツは味わうことが出来ない
貴重な出来事」
そう思ったのに…

人って、すぐに忘れるんですよね、大事な事を。

その考え方を手に入れてからは、
自分の人生を感謝して生きれば
良いんだって思う。
それが、最良なんだって。


って
言ってるそばから
すぐに忘れて、また他人と比較して
苦しんでいる自分がいます。

そしたら、
また思い出す。
有ることに意識を向ける、
そして、感謝する。

P.S.
SNSを見過ぎないことも重要かもしれません。
それから、情報の詰め込み過ぎも良くない気がします。

私の場合、
耳寂しい時は、
音楽を聞くよりも
YoutubeやオーディオBOOKを聞いてしまうので
頭でっかちになりがち…
最近は、意識して音楽を聴いて癒されるようにしています♪

この手の、情報は
読む人からしたら
超当たり前のことかもしれません。
でも、それが出来てなかったんです_:(´ཀ`」 ∠):



感謝の心が高まれば高まるほど、それに正比例して幸福感が高まっていく

松下幸之助:パナソニック創業者


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大失恋で落ち込んでいる方へ [人生経験]

大失恋
それはとても素晴らしいことだと思います。
どう素晴らしいかは、後で述べたいと思います。

私は18年前におそよ人生最後の大失恋をしました。
(最後であると、そう願いたいものです。)

今、言えることは人生に一回も大失恋がないのは味気ない気がします。
でも一回で十分だとは思っています。

20年弱経過した失恋の傷は、完全に綺麗さっぱりかと言うとそうでもなくて、もう細かいことや、細かな感情を忘れたから辛くはないって感じで、さっぱり綺麗になってるって感じではない気がする…

例えるなら、数十年前の大きな火傷をおった肌のように痛みは一切なく、違和感もほぼほぼないのだけど、痛々しく肌の爛れた跡が残っているといった感じでしょうか…



大失恋がどう素晴らしいかと言えば、
それだけ、好きになった人がいたという紛れもない証左だと思います。
大失恋中はとても辛いと思いますが、10年も経てば素敵な思い出に変わり、掛け替えのない経験だと感じています。

私の友人の一人に、大失恋の経験がないものが居ますが、
羨ましいとは一切思わず、むしろそのような出逢い、別れの経験がないのだと
哀れみの感情すら浮かんで来ます。

大失恋中は、不安と絶望によりタバコ吸いまくってしまって居ましたし、
仕事も手には付かない状態でした。
友達と会っても楽しくない。
大失恋になってしまう経緯によって感情はそれぞれあるとは思いますが、
私の場合、あの時にこうしておけばと後悔する気持ちも少なからずありました。
六本木ヒルズの森タワーを見ると、その失恋が余計に辛くなるといったトリガーも働き、
最初の一年はかなり辛かったです。
忘れようと努め、野外音楽パーティーに出かけたり、友人とBBQをしたりしましたが、ふとした瞬間に、その人のことを考えてしまって居ました。
でも結局、失恋の傷は、新しい恋の力によって癒してもらうしかないのかなと確信して居ます。

もちろん新しい恋人を作ったとしても、その人を完全に忘れることはもちろん出来ませんが、
過去の人として認められるようになり
徐々に傷が癒えていきます。

それから、結局は”時”が最終的に癒してくれるんです。
ありきたりな結論になってしまいますが…

あと追加して伝えたいことは
私にも子供がいますが、
将来、その子供がもし大失恋をした場合、
自分の経験談を話して伝えて、
少なからず共感してあげることが出来ると思っています。

だから、大失恋の経験は掛け替えのない財産だと、
今では思っています。

まだ書き足りないことはありますので、パート2が書けたらまた
書きます。

最後まで読んでくれて、どうもありがとうございます。
きっと、いいことがあります。
せめて自分だけでも、そう信じてあげてくださいね。




ひとつひとつの悲しみには意味がある。
時には、思いもよらない意味がある。
どんな悲しみであろうと、それは、このうえなく大切なもの。
太陽がいつも朝を連れてくるように、それは確かなことなのですよ。


- エラ・ウィーラー・ウィルコックス -

(米国の女性作家、詩人 / 1850~1919)
タグ:失恋 大失恋
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